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2012年4月20日金曜日

「日本資本主義の精神」と道徳の復権

「市場原理主義が~」「新自由主義が~」「グローバリズムが~」などと言って、資本主義を嫌悪する声ばかりを耳にすることが多いですが、そのようなことを連呼する連中に限って、ほとんど道徳について語らないし、語ったとしても言行不一致との印象を持っています。

市場という、非人格的規律・自生的秩序の否定をしたなら 、次に待ち受けるのは為政者による私有財産の強制的再分配、統制経済と全体主義です。

現民主党政権(=名前を変えた社民党、共産党)はもちろん、三橋貴明、中野剛志、西部邁らに共通して言えるのは、市場に対する誹謗中傷とデマの流布、そして自らの道徳については全く棚上げしていることでしょう。

私は資本主義、自由主義を擁護しますが、その「自由」の概念を、右(三橋、中野、西部)も、左(民主党、社民党、共産党)も、全く理解していないか、歪曲して流布しているのが現状です。

自由主義社会においての自由というのは、道徳と一体の自由であって、「無責任にやりたい放題の自由」「責任放棄の自由」「嘘を付く自由」などとは、全く正反対の概念です。


さて、ここで美徳、道徳といった言葉を使いましたが、過去の日本人の勤勉といった道徳について、簡単ではありますが、一部ご紹介したいと思います。
大正時代に生まれ、昭和の戦中、戦後も体験した山本七平氏の著書から引用させていただきます。


山本七平「日本資本主義の精神」(文春文庫)より引用
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Hさんは、すでに60歳の半ば、今は楽隠居の身分である。誠実な職人肌の人だが、普段は驚くほど無口で無愛想。

(中略)

氏は東京近県の貧農の出身である。そして小学校卒業前に銚子の傘屋に小僧にやられた。簡単にいえば「食えない農家」の「口減らし」であり、衣食住の最低の支給はされるとはいえ、年中無休の無賃労働にやられたわけである。
氏は実に忍耐強い人なのだが、やがて、その傘屋の扱いの過酷さに耐えかねて、出奔した。

(中略)

そして、全く事情を知らぬ東京をうろうろし、空腹と疲労で行き倒れになる寸前に、壁に張ってある小紙片が目についた。「小僧求む」--彼は夢中でそこへ飛び込んだ。そこが偶然に製本屋であり、その偶然が彼の生涯を決定した訳である。
そこは当時としては日本で一、二と言われた製本会社で、いわば業界の大手なのだが、昭和のはじめにおける「大手」がどのような実態であったのか、氏の話を少したどってみよう。
社屋は関東大震災後に立てられた木造の三階で、その三階が住み込みの小僧の居室、二回の一分には店主一家が済むという、文字通りの職住一体の「店舗付住宅」ならぬ「工場付、社宅付、住宅」なのである。就業時間は通常午前八時から午後八時まで、月に半分ほど夜業と深夜業があり、休日は一日、十五日の月二回であった。今では忘れられているが、昭和三十年ごろまでは、この伝統は残っていた。

(中略・・・Hさんはその後、手に職を付けて、その製本会社の下請け工場として独立した)

さて、これらの独立した下請け企業主の、いわば創業時代の「モーレツ」ぶりは、いまの人には想像もできないだろう。彼らは、文字どおり、社長、職人、小僧をかねて働きまくった。
だが、親会社の仕事は断続的であり、あるときには徹夜をしても追いつかないが、ないときには全くないのが普通である。そんなときには、当然、収入のあてがなくなる。T製函の社長Tさんは、若いころを回顧して言った。
「成功したと言っちゃ自慢になるけど、うまくいったやつとうまくいかなかったやつの違いは、仕事のないときを生かしたか殺したかの違いでね」と。
「どうやったんです?」
「うん、ある人から、無駄になると思って名刺を配れって言われたんだ。名刺百枚もって、次から次へとまわって歩くんだ・・・」
いわば「とびこみ」で注文をとりつつ、同時に商業的・営業的感覚を学べ、ということなのであろう。それでも、
「名刺を千枚もまきゃあ、必ず一軒や二軒はお客が取れるし、まじめにやれば以後は一生の付き合いだから安いものさ」であったという。
戦後の復興を担ったのはこういう人であった。彼らは丸焼け裸一貫になってもべつに驚かなかった。なにしろ一人で何もかもできたからである。
「ほかのことは何も知りませんがね。製本なら武芸百般、知らぬことはないす。革すきとノリ刷けとノリボンがありゃそれでじゅうぶんでさあ」
とHさんは言ったが、Tさんも同じことを言った。

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(引用終わり)


さて、上記の内容をご覧になり、今の日本人と比較していかがでしょうか?

現在は、週40時間(日当たり8時間)労働が基本で、上記のような働かせ方をした会社は労働基準法に違反することになりますね。働く側も「ブラック企業」と言って、すぐに逃げ出してしまうでしょう。

現在は大半の会社が土日と祝日休みですから、戦前、あるいは戦後の復興期を担った人達から見たら、「それでも仕事をしているのか」とでも言われてしまいそうですね。

常識的に考えていただきたいですが、昔と今と比較して、「自助」「自立」「勤勉」という道徳を、我々現世代は失っていないでしょうか?

例えば、給料の割に、やたらと残業が多かったり、ノルマがきつい会社に入ってしまったとして、「こんな給料じゃ馬鹿馬鹿しくてやってられない」「ブラック企業だ」と言って辞めてしまうのか、それとも、「仕事を覚えられて、おまけに給料までももらえて、ラッキー!」と思えるのか、職業観次第で、その人の人生は大きく変わるのではないでしょうか?

真の失業対策とは「どのような境遇でも食べていくことができるように自分で自分を磨くこと」であり、国(=他人の財布)による失業給付ではないと思いますが、いかがでしょうか?

三橋貴明や中野剛志の言うように、子孫の財布を使ってまでして、失業対策の公共事業をすれば、確かに、一時的には雇用は改善されるでしょう。しかし、永遠に続けることができない公共事業にばかり頼る人は、仕事がなくなった時、どうすればいいのでしょうか?

失業対策の公共事業(要するに市場の需要がないところに人工的に作った需要)を行ったところで、その10年先、20年先、どうすればいいのでしょうか?

勤勉性、自助の精神の復権といったことを訴えることなく、バラマキを訴えるというのは、国民から勤勉という道徳を奪い、国としての活力を失わしめることに繋がります。

これを「保守」と言うのでしょうか?


デフレなどという目先の現象は、「子供を産まない自由」「働かずに他人の財産を奪う自由」などといった不道徳(「道徳と一体の自由」とは正反対の概念)から来たものの現象面の話に過ぎないと思います。

必要なことは、「自助」「自立」「勤勉」などの道徳の復権運動と、その実践だと思いますが、いかがでしょうか?


明治時代、「西国立志編」として日本に紹介され、当時の日本の若者に広く読まれた、かの有名なサミュエル・スマイルズ著「自助論」より

『たとえば、歴史上の大きな戦役で名を残すのは将軍だけだ。しかし、実際には、無数の一兵卒の勇気あふれた英雄的な行動なしに勝利は勝ち取れなかったはずだ。人生もまた戦いに他ならない。そこでも無名の兵士が実に偉大な働きをしてきた。伝記に名を残した幸運な偉人と同じように、歴史から忘れ去られた多くの人物が文明と社会の進歩に多大な影響を与えている。
大切なのは一生懸命働いて節制に努め、人生の目的を真面目に追求していくことだ。それを身をもって周囲に示している者は多い。彼らは、地位や力がどんなに取るに足らないものだとしても、現代はもとより将来の繁栄に大きく寄与している。というのも彼らの生活や人生観は、意識するにしないに関わらず周りの人間の生活に浸透し、次代の理想的な人間像として広まっていくからだ』(S.スマイルズ著、竹内均訳「自助論」三笠書房、15頁~16頁)

2012年2月25日土曜日

三橋貴明が語る"国民の教養"---国旗・国歌編

三橋貴明の本が本屋で平積みされている今日ですが、昨年9月に出版された「国民の教養」(扶桑社)という本が、どの程度、「教養」を語っているのか、若干の金銭的被害を覚悟して、購入してしまいました。

内容は、、、、(汗)


例によって笑い話のオンパレードなのですが、まず、巻末のプロフィールから・・・

(引用はじめ)
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1969年11月22日、熊本県生まれ。1994年、東京都立大学経済学部卒業(現:首都大学東京)。外資系IT企業ノーテルをはじめNEC、日本IBMなどに勤務した後、中小企業診断士として独立。
2008年に三橋貴明診断士事務所を設立。現在は経済評論家、作家としても活動している。デビューのきっかけがインターネットでの情報発信という、既存の言論人とは一線を画す新しい書き手として注目される。その論拠は主に、経済指標など豊富なデータをもとに経済を多面的に分析する「国家モデル論」にある。最近は経済分析のみならず政治的な発言も多く、2010年には、第22回参議院議員通常選挙に自由民主党公認候補として比例代表区から立候補し4万2246票を得るも落選。著書に『崩壊する世界繁栄する日本』『マスゴミ崩壊』『4万2246票』(すべて小社)、『日本経済、復興と成長の戦略』(朝日新聞出版)などがある。
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(引用終わり)

14年で10社を転々とした経歴が消えていますね。
『外資系IT企業ノーテルをはじめNEC、日本IBMなどに勤務した後』
とありますが、そもそも、以前のプロフィールは何だったのでしょうか?



「中国経済・隠された危機」(PHP研究所)より

『外資系IT企業、日本電気、日本IBMなど計10社に勤務したのち、2005年には中小企業診断士の資格を取得した。2008年(平成20年)11月、三橋貴明診断士事務所(東京都練馬区)を開設して、フリーランスの活動を開始した』

・1994年~2008年までの14年間で10社に勤務(平均勤続年数1年半)
・IBM、NECなど大手企業はこれだけ転職回数の多い人は採用しません(派遣か契約社員か?それとも請負で常駐していただけなのか?子会社勤務なのか?)

⇒常識的に考えて、異常に多い転職回数。


ご参考:三橋貴明への退場勧告 1
http://megu777.blogspot.com/2011/10/blog-post_22.html




『デビューのきっかけがインターネットでの情報発信という、既存の言論人とは一線を画す新しい書き手として注目される』

⇒学術論文、学術書ともにゼロ。2ちゃんねるで有名になっただけ。学識や経験と何の関係も無し。


ご参考 : 保守イチローさんのブログより

『google scholarや国立国会図書館のHPで、「三橋貴明」、本名の「中村貴司」で検索しても、学術業績はゼロである』

http://hoshuichiro.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-89a9.html


経歴不詳(詐称の疑いあり)、学術的業績ゼロ

この人、教養あるのかな?




国旗について考える(三橋貴明著「国民の教養」扶桑社178頁~180頁)

(引き続き引用はじめ)
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日本というのは本当に不思議な国で、外国の国旗への毀損に対する法律は「外国国章損壊罪」が存在し、明確な刑法犯罪である。ところが、自国国旗(日の丸)に対する毀損を罰する法律は、存在しないのである。
2011年3月、自民党が「国旗損壊罪」を新設する刑法改正を提案する旨を表明したが本書執筆時点ではまだ成立していない。ちなみに、米仏独伊などの主要国においては、自国国旗に対する侮辱には、罰金や懲役を科す刑法や個別法が存在している。

また、日教組の一部の教師たちは、公務員という立場にありながら、学校の卒業式において国歌斉唱時の起立を拒否するという、奇妙な行動をとる。それに対し、大阪府の橋下徹知事率いる地域政党「大阪維新の会」が、学校行事で君が代が流れる際に、教員に対し起立・斉唱することを義務づける条例案を提出した。

自国の国旗が掲揚され、国歌が斉唱される際に起立することは、法律や言論の自由云々ではなく、常識やマナーの問題だ。国家という存在に「守られて」生きている以上、自国だろうが、他の国だろうが、国歌斉唱時には起立し、国旗に敬意を表するのは当たり前である。
それを法律で定めなければならない時点で、日本国から常識や教養が失われてしまった、何よりの証拠と言える。

(中略)

1945年8月の終戦から66年が経過しようとしているが、真っ当な常識や教養を持たない日本人が増えてしまった。彼らの存在が、どれだけ日本国家の国益を損ねたか、筆舌に尺くし難い。
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(引用終わり)

⇒なるほど。この内容には、ブログ主も共感します。


自民が「国旗損壊罪」提出へ 君が代替え歌に刑事罰検討(朝日新聞 2011年3月2日)
http://www.asahi.com/politics/update/0302/TKY201103020333.html
『自民党は2日、国旗損壊罪を新設する刑法改正案を今国会に提出する方針を決めた。日本を侮辱する目的で日章旗を焼いたり破いたりしたら2年以下の懲役か20万円以下の罰金を科す内容。民主党や公明党など他党にも協力を呼びかけて成立をめざす。
尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件などをきっかけに自民党は保守色を強めており、「君が代」の替え歌など国歌への侮辱に刑事罰を科す改正案も検討する』

という、動きがあるんですねぇ。


ところで、こういう行為は、国旗・国歌に対する侮辱には当たらないのでしょうか?
自民党も、「国旗毀損罪」の成立を目指すなら、このような候補はどうにかしてもらえないですかね?
君が代斉唱後、日の丸、菊の御紋章の前で、
コスプレ姿で愛人とカラオケを熱唱する三橋貴明
(しかも出馬した参議院選挙の約一ヶ月前)




※三橋貴明後援会事務所
http://mitsuhashi-takaaki.jp/wordpress/?page_id=1344

『三橋貴明後援会では、新規後援会員を募集しております』



未だに自民党のバナーを貼って、選挙に出るつもりらしい。


あくまでも個人的意見ですが・・・


江戸時代の武士であったなら、切腹して責任をとるような話で、次の選挙にまで出ようというのは言語道断。
自民党も、これじゃ、、、ね。
日本はこのまま終わってしまうのでしょうか。。。


(続く)